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    Ran Kazura

    Author:Ran Kazura
    こんにちは!

    このサイトでは普段のお仕事とは切り離して
    私がなんとなーく思った事などを不定期にアップしています

    ちょっと放置気味かもww

    現在東京都在住
    占い師、ドラマー。
    趣味:バイク、、お宮巡り、空を見上げること。
    好きな食べ物:お寿司、あ刺し身、麺類。
    嫌いな食べ物:思い付かないなぁ・・・。

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    ここ数年以内の話・・・




    【ここ数年以内の話・・・】

    2020年の東京五輪・・・
    おそらく これは中止になる。この年の東京五輪は開催できない。
    今からの5年の間に日本国民は、これまでとは全く違う国内外情勢のなかに置かれる事になるだろう。

    その切っ掛けとなるのは、テロなどを含む日本本土での破壊行為、または戦争と言う名の『騒動』。
    もしかしたら順番が前後するかも知れないが自然災害(あくまでも国民からは そう見える)。

    仮に関東に大震災があったとしよう。
    今の状態なら、常識的に考えて富士山の噴火も誘発されると考える事はそれほど無理のある話ではない。
    逆に、富士山の噴火が先ならば、それに誘発されて大地震が起きるのも想像に難くない。

    そんな不安定な国内情勢に乗じて、日本国、或いは日本国民に干渉・介入してこようとする外国勢力が予想される。
    これによって日本国民は、経済的にも物質的にも精神的にも辛酸を舐めさせられる事になる。故に徴兵制が始まる。
    しかし、この時の日本は、もはや『日本であって日本ではない』状況下にあるだろう。

    昭和39年に開催された東京五輪夏季大会。
    そもそもは昭和15年に開催される筈だった。
    それが日中戦争の為、昭和13年に開催権を返上している。
    その後の歴史は言わずもがなだろう。
    歴史(とりわけ歴史をつくり上げる本当の権力者達)と言うやつは、韻を踏む事が好きなようだ。

    平成27年の今の日本、先の五輪開催が決まった時と余りに似てはいないだろうか?
    2020年の東京五輪開催が決まった時、私は頭を抱えた。
    何故なら私は、明治維新、日本のTENNOU制、9.11、3.11(←一見関係無い様だが全て繋がっている)の繋がりに氣付き、その考えを基に世界・国内情勢を読んだ結果『日本を含む世界に再び動乱の時が近づいている』と言う答えに辿り着いた。
    この考えが正しければ『2020年のオリンピック開催地は東京に決まる』と、予てより近親者に話していたからだ。
    故に『TOKYO』と言う発表を観た時、これで予想される未来は決まってしまったと、人生で感じた事のない恐怖、不安感を覚えた。

    言葉遊びの様になってしまうが、例えて言うなら、
    五輪を二回やれば十輪(蹂躙)になるのだ。

    そうなった時、我々は一体どうするのか?
    薄っぺらな言葉だけの覚悟ではなく、心の芯から、骨の髄からの覚悟が必要になってくるだろう。
    日常、何らかの薬を常用している人達はその時、薬をどうするのかを、
    またペットを飼っている人達は、その時ペットをどうするのか?餌をどうするのか?ペットの薬をどうするのか?思い付く限りの具体的な事を考え覚悟しておく必要があるだろう。

    楽器をやる方は、その楽器を手放さないで頂きたい。
    極限の状態でも、その音色で人の心を潤す事が出来るのだから。

    まぁしかし、私がただの妄想家であるか否かは、あと5年で明らかになる事だけは確かだ。。。







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    数年の内に日本は・・・




    こんな風になってほしくないな・・・が、しかし

    おそらく、今後数年の内に日本・・・いや日本国民は経済的にも物質的にも困窮する事になるだろう。
    貧富の差はもっともっと激しくなる。
    故に、その結果として国は『自衛隊』または『自衛軍』(←改名されるとするなら、おそらく こんな感じの名前になるだろう)への入隊希望者を広く募る。
    食えない国民は やむなく入隊。事実上の『徴兵制』だ。
    この国は間違いなくそうなる。

    それだけ国民を貧困にする為には、その前段階として、日本本土に切っ掛けとなるテロや戦争が起きるのかも知れない。
    しかし、それは世界大戦ではない。あくまで国民を徴兵する切っ掛けづくりの『騒動』にしか過ぎない。(或いは疫病でも流行るかな?)世界大戦はこれとはまた別に起きる。

    まぁ、そう言った『騒動』が先か、『国民の義務訓練=徴兵』が先かは
    正直判断しかねるが、『不戦の思いを貫こうが声高に戦わない』と主張しようが、家族の衣食住の為に入隊せざるを得ない状況をつくられてしまえば、人間は嫌でも そっちに流れる。
    飢えた我が子、痩せ細った妻を見て、人間は そうせざるを得ない。
    それが現実だ。戦わないのなんの言って居られるのは、自身と家族の衣食住、そして生命の安全が保証されている状況下での事なのだ。
    (徴兵や戦争を肯定している訳ではない!)
    その様な時代は もう目前に迫っている。
    その時、自分の信念や思想はともかく、愛する者達を様々な意味で守る為に貴方ならどうする。。。







    戦争責任の法的形態




    明治憲法と昭和天皇‐戦争責任の法的形態

    《別資料1》

    昭和天皇はこれに先立つ外国プレスのインタヴューには、「開戦の詔勅はしかたなしにするのであると東条に伝えた」として、開戦責任を東条に転嫁している。
    その前後にも英王室に言い訳の手紙を書き、息子にも国民に罪を転嫁する手紙を書いている。
    侍従と御用掛と一緒に作成した『独白録』(戦犯対策のためのアリバイ作り)では、「もし私が開戦に同意しなければ、首を斬られるか精神病院に幽閉されただろう」とまで書いている。
    また11回にも及ぶマッカーサ対談では、「神道を信じている復員兵がいちばん危険で要注意である」「日本人はいまだ教養低く信仰心が足りない」と国民性を非難し、飢餓線上にある国民が起こした食糧メーデーに対しても「デモをすれば民主主義だと思っている付和雷同の傾向がある」と冷淡にあしらっている。
    このことから見てもマッカーサーの回顧録に書かれているエピソード、「国民を救うために自らを捧げに参りました」と昭和天皇が言ったのでマッカーサーがいたく感動した、というのは事実無根の作り話である。

    朝鮮動乱の前夜、米大統領特使ジョン・フォスター・ダレスと天皇の特使が密会して、自衛隊の前身である保安隊が創設される。
    ダレスは1919年パリ平和会議という名の戦争準備会議で世界デヴュー、弟のアレンと組んでナチスと米国のカルテルを取り持ち、戦後はナチを取り入れて秘密破壊工作の指揮を執っている。
    そのダレスと昭和天皇が組んで、目前に迫った朝鮮戦争のための協力体制を整えるべく、マッカーサーの頭上越しに直接やり取りしているのである。
    そしてこれと同時進行で戦犯が処刑されている。
    つまり昭和天皇は大元帥として再軍備の密議をこらす一方では、遠い異国の地で絞首刑に処される元兵士たちの減刑の嘆願書を黙殺している。

    《別資料2》

    昭和天皇は御用掛に託して、この国の魂を売り渡すようなメッセージをマッカーサーに送っています。

    「天皇は、日本人の心にはいまだに封建制の残滓がたくさん残っており、それを根こそぎにするには、長い時間がかかるだろうと感じている。
    天皇は、日本人が全体として自らの民主化に必要な教育に欠けており、また、真の宗教心にも欠けており、そのための一方の極端からもう一方への極端へと揺れやすいという、封建的特徴のひとつは、すすんで従おうとする日本人の特質であり、日本人はアメリカ人のように自分で考える訓練を受けていないという。

    天皇は神道を宗教とは考えていない。
    彼は、それは儀式に過ぎず、合衆国では過大評価されてきたと考えている。
    しかし、たいていの神道信者は超保守的で、彼らおよび神道と超国家主義を同一視してきた復員兵ならびにその他の者は、しっかりと結びつく傾向をもっているので、依然として危険な面がある。
    政府は、信教の自由に関する命令の下にそれを厳守する立場にあり、いまは彼らを取り締まる手段を持っていないだけに、こうした状況は危険なのだ。
    神道を信じる分子とその同調者は反米的なので警戒を要すると、天皇は考えている。」(「ホイットニー文書」)


    「天皇はキリスト教への改宗を求めてきた。天皇のキリスト教への改宗を許可することを幾分か考えたが、その実現にはかなりの検討を要する。」(米海軍長官ジェームズ・フォレスタルの1946年7月10日付日記より)

    《別資料3》

    いわゆる『東京裁判史観』というプロパガンダがあります。
    『勝者の復讐裁判』というやつで『自虐史観』とはコインの裏表の関係に相当します。
    東京裁判は勝者の復讐ではなく、天皇制保持を図った裁判ショーです。
    宮中グループと吉田茂グループが戦犯候補をみつくろって、御用掛の寺崎英成が国際検察局のロイ・モーガンに流しています。
    寺崎英成は真珠湾攻撃がだまし討ちになるように演出した一人でもあります。
    仲間の奥村勝三とともに昭和天皇とマッカーサー対談の通訳を務めています。
    ちなみに寺崎英成の兄太郎は吉田茂のコネクションの一人です。
    この連中は芋づる式につるんでいます。

    《別資料4》

    落合莞爾に「さる筋」が漏らしたところによれば、
    「孫文、張作霖、清朝王室と等距離において満州に対処した」
    のは裏天皇といわれる堀川辰吉郎なのだそうです。
    裏天皇の保護者代わりが頭山満と宮崎滔天です。
    孫文を保護し支援していたのがこの二人です。
    頭山満は表の天皇の賓客でもありますが、皇居と頭山満の家は官憲の権力の及ばない治外法権にあります。
    中国を共産主義にしたのは日本の裏天皇のお仕事で、中国を侵略したのが日本の表の天皇のお仕事で、ここに米国も加わって中国共産党に軍事支援しています。
    中国共産党は米軍の指導のもと米軍の軍服を着て米軍の武器で戦ったのです。
    今ある日本の姿も中国共産党にいた野坂参三の天皇制擁護が礎になっています。
    彼は天皇が大株主である横浜正金銀行から活動資金を貰ってやっています。
    これらをよく弁えた上で中国の批判をやるべきでしょう。







    原爆の秘密 国内編




    私は愛国者ではあるが、右翼でも左翼でもない。
    しかし皆さん、↓こう言うの知ってます?

    『原爆の秘密 国内編 ━ 昭和天皇は知っていた(国内編)』
    (鬼塚 英昭著、2008年7月19日、成甲書房刊)

    20P「彼らは、ロックフェラーやモルガンと通じていたのだ。そして、原爆がおとされるまで日本を降伏させないようにする芝居を演じていたのである」

    25P「終戦工作とは何か。簡単明瞭に書くならば、原爆誘導および処理のために天皇が畑(第2総軍司令官、畑俊六元帥)を呼び寄せ作ったものである・・・
    一、原爆投下情報を完全に知りながら、それを全部封印した。
    二、8月3日から6日にかけて、原爆投下予定地を中心に、大勢の人々を集めた。
    三、武器弾薬も食糧もないのに、たくさんの兵を招集し、その兵たちを九州に送り込んだ。」

    31P「原爆の情報はすべて、畑と大屋(同司令部、大屋角造中佐)の2人でヤミのうちに処理されたのである。
    どうしてか? 劇的な演出で、多くの広島市民に死んでもらうためである。
    スペクタクルが必要であった。天変地異に比すべき出来事が演出されなければならなかったのだ。
    スティムソン(陸軍長官ヘンリー・ルイス・スティムソン)は天皇(昭和裕仁天皇)にそれを期待したのである。
    天皇の特命を受けた畑は、大屋を三笠宮(皇弟、三笠宮崇仁中佐)と有末(陸軍参謀本部、有末精三中将)から強引に呼び寄せ、演出を担当させたのである」

    46P「それは、大勢の非戦闘員である坊やとか女子供、年寄りの人たちに至るまで、あらゆる人々に死んでもらわないと、アメリカが進めてきた「無警告による大量殺戮」が成就しないからにほかならない。」

    54P「スティムソンは原爆を日本に確実に落とす、という約束をロックフェラー、モルガン、イギリスの金融界の面々としていた。そこでは、スティムソンは原爆(ウラン爆弾とプルトニウム爆弾)が完成するまで戦争をのばさなければならなかった。」

    92P「原爆投下というアメリカの“仕掛け”を日本が“受け入れた”のである。
    もし原爆投下の前に、天皇が降伏宣言をしていたら、原爆投下もなかったのである。
    そうすれば、スティムソンはロックフェラーやモルガンや国際金融寡頭勢力を裏切ったことになるのだ。
    天皇よし、スティムソンよし、ロックフェラーよし、モルガンよし・・・。
    しかし、広島と長崎の人々にとっては最悪であった。
    原爆ごろしの歌が21世紀の今日でも聴こえてくる。その歌の正体を見究め、これを封じ込めなければならない時が来つつある。」

    130P「広島、長崎のみならず、死者たちよ甦るべし。そしてこの戦争は、天皇による、天皇のためのものであったと知るべし!このような国家に、美しき大和の国がなりはてた過去を、拳を握りしめ振り返るべし!」







    少し遅れてしまったが・・・




    少し遅れてしまったが、黙祷。。。






    究極を言えば人間は・・・




    究極を言えば、人間、明日死んでしまうかも知れない。
    だから今日と言う一日を大切に一生懸命に楽しく生きなければならない。
    人間に言葉があるのは、他者にありがとうと言う為だと思う。
    慈しみの心や感謝の氣持ち、そして愛を伝える為だと思う。
    もし、この世に人間を創造した神様が在るのなら、自分の主張ばかりしている人間を見たらどう思われるだろう?
    きっと、そんな事を言わせる為に言葉を与えたのではないと思われるのではないだろうか?かく言う私も その人間の一人であるのだが。
    命とは なんと有り難く素晴らしいものだ。。。

    今、時代の嵐が吹き荒れようとしている。
    そんな今だから、尚更 丸い氣持ちを持つ事が大切なのだと思う。。。






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